アウシュヴィッツの図書係【ケンチーの読書感想文】

2019年6月12日(水)

こんにちは。ケンチーです。

この記事では私のお勧めする本を紹介していきたいと思います。

今回紹介する本は「アウシュヴィッツの図書係」です。

私が学生時代に学んできたのは物理や数学などの理系科目だったため、ほとんど世界史を学んできませんでした。

そのため、アウシュヴィッツと聞いても、第二次世界大戦中にナチス・ドイツがユダヤ人を迫害していた収容所である、という知識しかありませんでした。

そんな中でこの本を手に取ったのは、世界史を少しでも学びたい、今を生きる1人の人間として過去の過ちを学んでおきたい、という理由からであります。

感想

この話は、第二次世界大戦中のアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の中の小さな学校を舞台に、そこで収容されていた14歳のユダヤ人少女ディタを中心に進んでいく、実話を基にしたお話です。

ディタは、収容所内にたった8冊しかない本を命がけで管理する「図書係」を務めることになります。

なぜ命がけだったのか?

それは、収容所内に本を持ち込むことは禁じられていたからです。

人種差別によるユダヤ人の絶滅政策(ホロコースト)を進めていたナチス・ドイツにとって、本はとても危険なものだったのです。

人類の歴史において、貴族の特権や神の戒律や軍隊規則をふりかざす独裁者、暴君、抑圧者たちには、アーリア人であれ、黒人や東洋人、アラブ人やスラブ人、あるいはどんな肌の色の、どんなイデオロギーの者であれ、みな共通点がある。誰もが本を徹底して迫害するのだ。
本はとても危険だ。ものを考えることを促すからだ。

10ページより

上記のように、ナチス・ドイツだけに限らず、歴史上の独裁者や暴君と呼ばれる人たちは、人々に考えることをやめさせ、自らの地位を保つためにも、人々から本を奪っていたのです。

このことから、これまで本をあまり読んでこなかった私は本の偉大さを知り、本を読んでこなかった過去を後悔しました。

私は、本を読む環境を与えられているにも関わらず、自主的に本を読むことをせず、自らの手で「ものを考える」機会を奪っていたのです。

この本を読んでから何週間か経ちますが、この本をきっかけに私は読書に時間を割くようになり、ものを考えるという感覚を実感しています。

命がけで「図書係」を務めながら、強制収容所という過酷な環境の中で必死に生きるディタ。

他にも多くの人々が登場します。

ディタの両親、友人たち、先生たち、脱走するひと。それぞれが過酷な環境の中で必死に生きていきます。

しかし、時が経つにつれて環境はだんだんと悪くなっていき、ディタの周りにいた人々を含め多くの収容者が、病気や選別、強制労働、大量殺害によりいなくなっていきます。

そして、ディタを含む生き残っているものも病気や飢餓により、死の一歩手前。

もう誰も立ち上がろうとしなくなった。もう二度と立てそうもない人も大勢いる。立とうとして、針金のような脚でよろめき、糞尿だらけの地面にくずおれる者、死体の上に音をたてて倒れる者もいる。生きている人と死人の見分けもつかない。

404ページより

考えたくもない状況です。

実際にこんな状況があったなんて。

現在の私の悩みや不安がばかばかしいと思えます。

そして、当たり前のように生きていられる現在の環境に感謝し、私たちの手でこのような当たり前を子供たちの時代にも当たり前であるようにしていかなければならないと強く感じました。

現在も紛争などにより、私たちの当たり前がない世界もあります。そんな世界が少しずつ良い方向に行けばと心から願います。

ティダは死の一歩手前でしたが、なんとかイギリス兵により収容所が解放され、自由を手に入れることになります。

そして、ティダは晴れて自由の身となりましたが、医者から家に帰れるように手続きをすると告げられた際の記述が胸に刺さりました。

「帰る? どこに?」と自問する。

両親はいない。家もない。自分が誰かを証明する身分証もない。帰るべき場所などどこにあるの? 

414ページより

戦争が終結し、国と国の争いが終わっても、人々の戦いは終わらないと強く感じました。

私には生まれたときから両親がいて、家もあり、身分証明証が私の名前や住所を証明してくれる。

そんな環境が、どれだけありがたいことなのか。

このディタの言葉は私の心を揺さぶりました。

まとめ

この本は、アウシュヴィッツというとても暗い過去をテーマとして扱っていますが、文自体はそこまで暗くなく、際立って生々しい描写もあまりありません。

また、難しい言葉もあまり出てこないように思えます。

そのため、私のようなアウシュヴィッツのことを深く知らない人や、世界史をあまり学んでこなかった人、そして中学生や高校生にも読むことができると思います。

私はこの「アウシュヴィッツの図書係」を通して、現在の私の悩みなど本当にちっぽけなものであると感じるようになりました。

また、現在の当たり前に生きられる環境に感謝し、この環境を世界に次世代に広げていくことが大人である私たちの使命であると思いました。

みなさんも「アウシュヴィッツの図書係」を読んで、平和や戦争、命という「ものを考える」ことを促されてはどうですか?